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クリスマスのおとずれ

末盛 千枝子

今日の心の糧イメージ

クリスマスが近くなると必ず本棚から出して来るのは、アガサ・クリスティーの「ベツレヘムの星」という短編集です。この本は、もう30年も前に亡くなった最初の夫が、気に入るかどうかわからないけれど、本屋さんで見かけたから、と言って買って来てくれたものです。そして、それは私の好きな10冊の本の中に入るものになりました。

この本で、アガサは、聖書の物語や、登場人物をいかにもミステリー作家らしい仕掛けと表現を使って、素敵で暖かく、愛情深く書いているのです。

この本の短編はどれもとても好きですが、中でも特に私の好きなのは「島」というお話です。マリア様が十字架の下に立って、瀕死の息子のイエスから「これはあなたの子、これはあなたの母」と言って託されたヨハネとともに島で暮らしているお話です。もう年とったマリアにとっては、優しいけれど、書き物をしていて気難しく、ときどき気を失ったりする、ヨハネの世話をすることは大変でした。それに島の子ども達はマリアに「おばさんには、とても悪いことをして死刑になった息子がいたんだって」と言うのです。

ある夕方、なつかしい小舟が近寄ってきました。マリアには、乗っているのがだれだかすぐにわかり、岩だらけの海岸を転びそうになりながら駆け寄り、舟を降りて水の上を歩いてやって来る息子の腕に抱きとめられました。そして、「あなたに頼まれたことは全部したと思うけれど、これで良かったかしら」というのです。そして息子は、「私の頼んだことは何の落ち度もなくしてくださいましたよ、さあ、一緒に帰りましょう」と言ってくれるのです。

クリスマスの日から、この時にいたるまで、マリア様のたどった道がみえるようです。