昔のことになるが、作曲家と詩人が歌を作り、コンサートで披露する会に参加していたことがあった。いつもはコンサート会場にお見えにならない高齢の女性詩人が、その年は、珍しくおいでになった。すぐ親しいご友人方の輪ができ、楽しそうな会話が始まる。上品で優雅な方だったが、何より素敵なのは、お話をなさりながら、目の前の人々だけでなく、その後ろの方で聴いている一人ひとりにも視線を送り、優しく微笑みかけられることだった。
ただそれだけで、魔法のようにその場は幸福な空気になり、皆嬉しそうに、にこにこした。
駆け出しの新人だった私も、初めてお会いした大先輩が、目を合わせて、親しげに微笑んで下さったことがとても嬉しかった。不思議なほど、今でも忘れられない。その視線が「私はあなたの存在を認めていますよ。暖かく受け入れますよ」と言っていたからだろうと思っている。
創作する仕事の場合、先輩の作品に倣ってしまっては価値がない。誰とも違う自分の個性を発揮して、新しい時代を表現してこそ意味がある。でも、このような優しい先輩の心配りには、倣ってもいいように思うのである。
この方は、当時80歳を越えていらしただろうか、「夏の思い出」、「花の街」の作詞者、江間章子さんだった。