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一致を願う

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

スコットランド人医師ヘンリー・フォールズは、明治7年に来日し、医療だけでなく、キリスト教の布教にも心を尽くした。そしてまた、書類に拇印を押す日本人の習慣に驚き、指の痕が個人の識別に役立つことを知って、指紋の本格的な研究をも始めた。

指紋には、約100の特徴があることが、今では知られている。そのうち僅か15の特徴だけでも、一致する確率は百兆人に一人だそうだ。仲良く手をつなぐ恋人たちも、熱く握手をかわす政治家も、それぞれの指は全く異なる指紋を持っているのである。

恋人たちはきっと、相手の全てを自分のものにして、一心同体でありたいと願うだろう。結婚した後は、更に二人が一致することを望むかもしれない。だが、指紋を同じにすることが出来ないように、二人の価値観は同じにはならないのだと、覚悟していた方が幸福になれるような気がする。

人は自分という城に一人で住む孤独な生きものに見える。孤独に苦しんでいる故に、いっそう強く誰かと、何かと一致したいと望む。人が一人で生きていくことが出来ないのは、人間がそれだけ不完全な存在であるからなのかもしれない。しかし、それはなんと魅力的な不完全さであるだろうか。

人にはそのデコボコした不完全さがあるから、何とか、他人の同じようなデコボコとつながることが出来るのである。足りないところを愛や友情で埋めることが出来るのである。埋めて、つなぎ合わせて作ったものが、人類という一枚の地図であればよいと思う。

フォールズ医師は、大森貝塚の発掘にも立ち会った。土器の一つに、古代人の指の痕がついていたのを見て、深い感銘を受けたそうである。人間の手を使った仕事には、痕跡が残る。一人一人の痕跡を大事に残した、美しい人類の地図が広がる日を私たちも願っている。