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自然に親しむ

森田 直樹 神父

今日の心の糧イメージ

 神父になって間もない頃、今から20年ほど前のことであるが、とあるカトリックの女子校で中学3年生の「倫理・宗教」の授業を受け持っていた。よく晴れた気持ちの良い春の日に、「木の声を聞いてみよう」と保健室で借りたたった一つの聴診器を持って四十人くらいの生徒たちと教室を飛び出して、外に出た。

 聴診器を大きな木の幹に当てて、しずかに耳を澄ませていると、根から水を吸い上げる木の声が聞こえる、はずだった。残念ながら少々風が強く、木の声はほとんど聞こえなかった。それどころか、生徒の数に比べて、聴診器がたった一つしかなく、ほとんどの生徒が咲いている花を眺めたり、緑の丘を眺めながらおしゃべりしたりと、思い思いに自然に親しみ、春の一日を楽しんでいた。

 次の日、私は校長先生に呼ばれ、お叱りを受けた。「神父さん、授業中に生徒たちを外で遊ばせては困ります。しっかり授業をやってください。」自然に親しむ授業はなかなか難しいものだと思った。

 自然はいろんな姿を通して、私たちに語りかける。今から10年前の夏、子どもの頃からの憧れであった、スイス・アルプスに出かけた。登山電車に揺られて着いたユングフラウ・ヨッホの展望台から見回すと、目の前に大きな氷河が横たわっていた。あまりのスケールの壮大さにただただ驚くばかりだった。ふと見ると、プレートが掲げてあった。そこには聖書の言葉として、「全能者にして主なる神よ、あなたのみわざは、大いなる、また驚くべきものであります」と日本語で書かれていた。

 自然は私たちをいやし、生命力を鼓舞し、喜びを与えてくれる。時に、壮大な姿を通して、驚きと畏敬の念も呼び起こしてくれる。自然に親しむひと時、それは、神さまと触れるひと時なのかもしれない。