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心輝かせて

村田 佳代子

今日の心の糧イメージ

 眼を輝かせてとは云いますが、心輝かせてとは云い難い表現です。それも、輝くでもなく輝かせてとは自発的なニュアンスです。思案にくれていると、ある人物が思い浮かびました。バロック絵画の先達カラヴァッジョです。

 16世紀後半のイタリアでは、盛期ルネサンスの勢いは無くなり、様式が固定化したマニエリスムスの絵画にも飽きて、人々は教会を中心に見る人の心に訴える、迫力ある作品をのぞむようになりました。ミラノで絵画を学んだカラヴァッジョは、現実的な写実表現で明暗を強調し、劇的な画面を早描きで仕上げました。27歳でローマへ向かい「マタイの召命」と「マタイの殉教」の2作で、完全に当時の人々の心を掴みました。1610年、38歳で亡くなる迄の10年間、喧嘩をしては追われる身となる中、精力的に描き続けたのです。

 1606年殺人を犯しローマから逃亡、ナポリ公国に匿われ、つかの間注文が殺到し制作の日々を過ごしますが、また不祥事を起こしマルタ島へ逃れました。マルタでは聖ヨハネ騎士団に入り、悔い改めの心で「聖ヨハネの斬首」の大作に取り組み、その出来映えに教皇様から罪を許された程です。

 私は30年前ロンドンのナショナル・ギャラリーで「ヨハネの首を持つサロメ」を見た時から「聖ヨハネの斬首」を見たいと念願していました。昨秋私の作品をマルタで発表する事になり、展覧会の会期にあわせマルタ島を訪問し、滞在中にバレッタの聖ヨハネ司教座聖堂に行きました。壁一面に描かれた名画と対面し、鬼気迫る描写を見て確信しました。カラヴァッジョが心輝かせて集中できるのは絵画制作だけ、いきなりキャンバスに直描きし、自らも絵の中に入りこみ、作中人物と共に生き、心輝かせて描き切ったということを。