さて、こうした感謝は私達夫婦の日常生活の上でも、頻繁に行われています。私は妻から何くれとなく好意や愛情の発露を受け取っているので、妻に対しては絶えず感謝しており、それを表そうと、しょっちゅう「有難う」とか、ちょっぴりふざけて「ありがとさん」などと言っています。一方、妻から私への感謝は、気のせいか、私より少ないようですが・・シーッ!声が大きいっ! 叱られるかも。
ところで、今この放送を聴いて下さっている皆様は、カトリック教会で毎日捧げられているミサという典礼が、主イエスの十字架に磔という、極度に恐ろしい刑を前にしての食事の記念であるという事をご存知でしょうか。福音書によりますと、主イエスは弟子たちと過ぎ越し祭の食事をされた折り、パンとぶどう酒をとり、父なる神に感謝を捧げてから、「これはあなた達のために与えられる私の体、そして血である」と仰り、これを記念して行うようにと定められたのです。(ルカ22・17〜20)
それから、聖書は記しています。「イエスは苦しみもだえ、汗が血の滴るように地面に落ちた」と。(ルカ22・44)
こういう苦しみの中にあって、それでも主は私達を天の御国に招くために、感謝してミサを定められたのでした。