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それでも感謝

植村 高雄

今日の心の糧イメージ

 日々の生活、特に自分の現実や過去、そして将来の不安を考えた時に、それでも生きている事に感謝と本気で感じている人は存在しているのだろうか、と昔はしばしば考えました。特に20代の頃、周囲の大人を観察し、自分の人生を無理に感謝したり、嫌な人生を体験しているにも拘わらず、私に向かい「人生は本当に良いもので楽しいよ」と偽善的に話す大人が嫌いでした。今から思うと、その先輩は何とか自分を叱咤激励しつつ必死で生きようとしていたようです。

 「この世は涙の谷」という言葉を聞きますが、人生の目標もなく、使命感と具体的な事業目標も無く、ぼんやりと生きていた時期から、いよいよ決断して一つの道を歩み出すと想像以上の厳しい現実が訪れます。

 事業家、音楽家、小説家、絵かきさん、その一つの道を真剣に追求する人ほど、苦悩は深く挫折感もあり孤独感、絶望感、不信感に満ち満ちています。たまには成功と喜びと感謝もありますが、感謝という感情とは程遠い日々でした。

 私が人生をかけて努力し開拓してきた仕事が或社会からバッシングを受けた事があります。私の不徳のいたすところから生じた誤解があったのですが、私の心は日々暗く切なく、本当に生きる事自体が嫌になりました。それを或人が救ってくれたのですが、しみじみとその人の優しさに感動しました。その方が居なければ私は60代で大きな人生転換を余儀なくされたと思います。私の人生にはそのような恩人が数名いますが、いつもさりげなく私を助けてくれる人間が現れます。意思ある所に道あり、とは申せ、この恩人達のお陰で「人生それでも感謝」という哲学を学びました。私をさりげなく支えて下さる沢山の恩人に心から感謝しています。