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それでも感謝

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 感謝の念は、人の心の奥から自然に湧き上がって来る。それは、与えられた恵みを知って、喜び、そして謙虚になる瞬間だ。だが、強制されて、感謝を表さなければならないとしたら、これほど重い仕事はない。

 子どもの頃、母の日に感謝状を作ったことがあった。母に喜んでもらおうと、感謝の言葉を連ね、デザインも美しい賞状を作って贈った。母は気に入ってくれ、私もそれで嬉しかった。ただ、どうやら気に入られすぎてしまったようで、翌年から毎年、義務のように作ることになってしまったのである。感謝の気持がないわけではないのに、何だか、「感謝する喜び」が失われてしまったようで、気が重かった。

 

 母は亡くなるまで 、一枚ずつ増える感謝状の束を、枕許に飾っていた。賞状の文章を、毎年新しく考えるのは大変だったが、このおかげで、感謝力とでもいう力が鍛えられたかもしれない。

 感謝力とは、人間を幸福にする力である。
賞状を贈られた母も幸福だったと思うが、贈った子どもも、また幸福だったのである。感謝の言葉を考えることで、日々の中に、嬉しかったこと、誇りに思っていること、大切だとわかったことを見つけていたのだ。

 幸福に恵まれたから、感謝するのでは、感謝力は働かなかっただろう。人は、感謝をすると幸福になるのである。幸せの種子は、探すほど見つかり、数えるほど増えていくような気がする。母の中に、いろいろな美点や長所を見つけてあげることで、母はより素晴らしい人になっていただろうか。私の感謝力は小さかったので、その辺りはよく分からない。ただ、年に一度の母の日に、子どもから贈られる感謝のおかげで、幸福な人であったとは思っている。