▲をクリックすると音声で聞こえます。

母の後ろ姿

小林 陽子

今日の心の糧イメージ

 今月のテーマを頂いたとき、とっさにこれはむつかしいな、と思ってしまいました。うちの母は慈愛に満ちたにっぽんの母、といったタイプではないので。

 ピンと背筋が伸びて、身長は大正生まれにしては高く、さっそうとスピーディーに歩く姿がカッコいい、とよくいわれていました。

 ついでに「あなたは猫背ねえ、背中をまっすぐになさい。お母さまはあんなに姿勢が良いのに」と比べられます。

 ふつう娘は母親を追い越していくものなのに、「あなたはとうとう私より背が高くならなかったわねえ」ですって。もっとも、母も80才を過ぎてからさすがに小さくなって、私はやっと追い越したことになるのですけれど。

 じつに負けん気が強く、96才の今でも車椅子散歩に出ると、かならず途中で、「もう交代しようよ。私が押すからあなたが乗りなさい」といいだします。

 私は学生時代よく山に登っていましたが、あっさり系のさばさばした性格の母は、娘がどこの山に登っているかなどあまり気にしていなかったみたい。リュックをかついで家に帰ると、「あらどこにいっていたの」というふうでしたから。私が山好きになったのも、アルプスを踏破していた母の影響だったのですけれどね。

 それでも私が中学1年のときのクリスマスの洗礼式には、紋付羽織姿の正装で教会に来てくれました。そして、じぶんは自然科学の信奉者で、目に見えるものしか信じないと言い放っていたのですが、90才を過ぎたある日、テレビといっしょに転倒し、肋骨を7本折ってから、さすがの母も「洗礼を受けたい」と弱気に、いいえ素直になったのです。「天国ドロボーだなあ」、神様お許しくださいと祈りつつも、ほっとした私です。

 頑固で、意地っ張りで気の短い母ですが、大好きな母です。