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母の後ろ姿

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 5月は聖母月。美しい季節の訪れである。豊かな自然の恵みの中から、清らかな花々を聖母に捧げるのは、心洗われる喜びだと思う。

 イギリスの作家、ルーマー・ゴッデンの「台所のマリアさま」には、「人を喜ばせるために自分の出来ることを捧げる」という美しい行いが描かれる。9歳のグレゴリーの家には、ウクライナから来た初老の家政婦マルタがいる。忙しすぎて家にいないグレゴリーの母に代わって、家事をし、料理をするマルタの後ろ姿を見ながら、グレゴリーは安心して台所で過ごすことが出来た。だが、マルタは「この台所にはマリア様がいない」と嘆く。ウクライナでは、台所に布やビーズで作った聖母子像の絵を飾って祈り、家を守って頂くらしい。イギリスでは買えないウクライナ風の手芸絵を、手作りしようとグレゴリーは決心する。戦争難民で、全てを失ったマルタの孤独を癒すためだ。他人が大嫌いで、自分の殻に閉じこもっていた無口な少年にとって、手芸材料を集めるための交渉は大変な苦労だった。だが、マルタを喜ばせたい一心で努力するうちに、彼自身の孤独の殻が破れる。絵が完成して、癒されたのは、本当は誰だったのだろうか。

 人は自分の中にある優しさに、自分自身が癒されることがある。彼のために料理をするマルタの後ろ姿から、母性に満ちた愛情を受け取った少年は、自分の中にも、優しさと勇気を見出すことが出来た。それが彼自身を癒し、成長させたのである。グレゴリーもマルタも自分の出来る精一杯をお互いに捧げた。そしてそれ以上の恵みを受け取ったのである。

 聖母月のマリア像に祈る時、この2人の暖かい台所を思い出す。孤独は癒されるものだということも思い出す。