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豊かな心を養う

新井 紀子

今日の心の糧イメージ

 「庭に果物の木を植えなさい」。

 私の祖父が子供たち、孫たちに伝えた家訓です。

 「なぜなの」私はすぐに尋ねました。「庭に果物の木を植えるとその家で暮らす子供たちは、お腹を空かしても食べるものがある、ということだからだよ。お腹がすけば、子供は勉強どころではないからね。」苦学の末に大学へ進学した祖父らしい発言でした。

 祖父は、仕事の都合で関西や東京に住みました。しかし、何処へ行っても庭に果物の木を植えました。柿の木やイチジクの木でした。柿は、山形出身の祖父にとってふるさとを思い出す大切な味でした。渋柿は軒下につるせば甘くなり、日持ちがして、お正月にも食べることができました。祖父の大好物でした。

 私の父も転勤で引っ越すと、なによりもまず庭に果物の木を植えました。柿、栗、桃などです。

 私は北海道へ移住して、今年で5年目を迎えます。すっかり忘れていたことを思い出しました。祖父の家訓です。北海道は寒くて柿は育ちません。考えた末に、私はリンゴの木を植えることにしました。4種類5本のリンゴの苗木を植えました。リンゴは同じ種類の木を植えても育たないからです。

 昨年、「あいかの香り」という品種の木に2個のリンゴの実が、「星の金貨」という品種に5個のリンゴの実がつきました。

 「早く大きくなあれ」私は毎日祈りました。

 残念なことにテニスボールの大きさにしかなりませんでした。食べてみると、固く渋みがありました。しかし、私は嬉しくてなりませんでした。すぐに食べられる果物が庭にできたのですから。

 そうか、祖父はこのことを私たち子孫に伝えたかったんだな。庭に果物の実がなる豊かさは、心の豊かさも養ってくれるのです。今年は、いくつリンゴが成るかしら。雪解けが楽しみです。