▲をクリックすると音声で聞こえます。

豊かな心を養う

黒岩 英臣

今日の心の糧イメージ

 普通、豊かな心を持つと言えば、親切で明るく、他の人と共感し、喜びにつけ、悲しみにつけ、他の人と心を交わすことの出来る状態、というか、人格のことでしょうかね。

 それは子供の頃から身につけている必要がありますが、今の子供達は塾へ行かなければならないとか、交通量が多いため外で遊ぶのは親から見れば危険だからと、子供がゲームに夢中でも、一人でいるほうが親は安心で、手っ取り早いのだそうです。

 そうなれば、人として成長してゆく時代を、大人、友達などとのコミュニケーションを全く経験せずに通ってしまうという、大変な事態が生じています。

 私も自分を振り返ってみますと、なぜ私が今の私以上に人との付き合いがよく、思いやりがあって、有無を言わせない素晴らしい人になっていないのか、やはり家庭での両親との生活が少なかった事情からと言え、決して私のせいではないのであります!

 当時私は、音楽の練習で、外で同級生と遊ぶこともまれでした。それなのに、この数日前にはクラス会で盛り上がり、更にその数日前には私が指揮するコンサートにみんなで来てくれたのです。いつもの事ですが、感謝と感動です。

 これも私の身に備わった人徳でしょうかねー?

 さて、ここで聖書の言葉に耳を傾けますと、涙の内に種を蒔く人が、豊かに刈入れする喩(詩編126・5〜6)とか、主イエスのおっしゃる「心の貧しいあなたは幸せである、あなたは天の国で大きな報いを得る」(マタイ5・3)とあります。

 心の貧しさというと、印象が悪いですが、何も持たない小さな子のように、ひたすら主により頼むほか無い姿と言え、主はその人を放ってはおかないのです。

 このように、私は心豊かになろうと努力しつつ、同時に心の貧しさを併せ持つようでありたいです。