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仕事と私

森田 直樹 神父

今日の心の糧イメージ

 「忙しい、忙しい」が口癖で、のんびりする暇もなく、怠けたりすることなんて、とてもできない。神経をすり減らし、数々のストレスを抱え、目まぐるしく毎日を送っている。

 現代の日本で、多くの人たちがこのような状況にあるのではないだろうか。「怠惰」などという言葉からほど遠い多忙な毎日を過ごしているのではないだろうか。

 ドイツの哲学者、ヨゼフ・ピーパーによると、中世ヨーロッパにおいては、休みを知らずあくせく働くことが「怠惰」だったのだ、という。つまり、本来の自分自身に戻るために絶対必要な「余暇」を取ることがないほど働くことは、人間固有の尊厳にふさわしい生き方を放棄しているのと同じで、これこそが「怠惰」なのだと説明する。

 聖書にもあくせく働いている人に、イエスがやさしく招きの言葉をかけている個所がある。

 マルタとマリアという二人の女性の家をイエスが訪れた。マリアはイエスのそばに座って、話に聞き入っていたが、マルタはイエスをもてなそうと、あくせく立ち働いていた。ついにマルタが、イエスに苦情を述べる。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」(ルカ 10・40)

 これに対して、イエスはこう答えている。
「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」(同 10・41)

 誰かのためにと働いていても、時に、働くことのために働いてしまう。我を忘れて仕事にのみ没頭してしまったマルタにイエスは、心を乱しているよ、と諭される。

 忙しいからこそ、本当の自分を見つめ、一番大切なことを優先することが不可欠なのだ。