

ルカによる福音書には、12歳頃のイエスの姿が次のように記録されています。
「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。」(2・62)
私はイエスがとても健やかに成長していった様子を想像し、思い描いてみました。
イエスは、両親をはじめ親戚や友人たちの愛、何よりも父なる神の愛を一身に感じながら、心身ともにたくましく育っていきました。(参:2・40)
私たちは「健やかさ」というと、病気をしないことや、体力があること、何不自由のない生活を送ることを思い浮かべます。しかし、聖書が示す健やかさは、それだけではありません。愛されている安心感や、自分は大切な存在だという喜びも、健やかさの大切な源です。
イエスは父なる神から愛されていることを深く知っておられました。それを、両親であるマリアとヨセフの姿からも感じておられたと思います。ナザレの聖家族の生活は、貧しく質素だったと思いますが、しかし、互いを気遣い、愛と喜びにあふれる家庭だったことでしょう。
また、村人たちや親戚たちとも、和やかな交流を通して、心豊かな日々を過しておられたのではないでしょうか。食卓を囲みながら交わした何気ない会話や、「
このように健やかに成長したイエスは、宣教生活において、人々に優しく接し、疲れた人や苦しむ人に寄り添う、慈しみ深いラビ(指導者)として、人々の健やかさの源となりました。
身体の疲れを感じる今日この頃。そんな日常において、「あなたは大切な存在です」と語りかけてくださる神の愛に立ち返ることで、健やかに過ごす新たな力を見い出していきたいと思います。