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健やかさの源―サムエルとイエス―

古橋 昌尚

今日の心の糧イメージ

 旧約聖書のサムエル記では、この預言者サムエルの成長において、神がいつくしみ、特別な恵みと愛情を注ぐ様子が描かれます。

 主が三度にわたってサムエルに声をかけますが、最後にサムエルの養育者エリは、それが主からの呼びかけだと悟ります。

 再び主が呼びかけると、サムエルは答えます。
 「どうぞお話しください。僕(しもべ)は聞いております。」(上3:10)

 朝になってエリは「それを話されたのは主だ。主が御目にかなうとおりに行われるように。」と声をかけます。(上3:18)
 「サムエルは成長していった。主は彼と共におられ、その言葉は一つたりとも地に落ちることはなかった。」(上3:19)と描(えが)いています。

 サムエルは最後の士師(しし)(指導者)として、イスラエルの初めの王サウルに、次にダビデに「油を注ぐ」預言者となっていきます。

 イエスもまた神の独り子としての寵愛を受け、他方で自らの使命と運命を担ってゆきます。

 ルカ福音書は、イエスが12歳のとき過越祭(すぎこしさい)に両親とエルサレムへ旅をする出来事を語ります。イエスが神殿で学者たちに「賢い受け答え」をして、両親を驚かせます。
 「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。」(ルカ2:52)
 神の恵みによって、イエスがすくすくと育った様子が記されます。

 サムエルも神の恩寵のうちに、特別な使命を受けるに至ることが記されます。

 神の恵みに守られて成長するという記述は、その先に特別な任務と使命を帯びて、選ばれた運命を辿ってゆく道筋を予告しています。

 神による救いの計画は、人の想いの届かないところで働いています。
 この特別な使命と任務を負った人々を通して、神による救いの計画が遂げられてゆく神秘については、ただただくすしき御業(みわざ)として受けとるばかりです。