

小児喘息を持病に持っていた私は、子どもの頃、激しい運動をしたり、環境が変わったりすると、必ず喘息の発作で苦しんでいました。風邪もひきやすく、病院通いが多かったと記憶しています。ところが、中学に上がるころから体質が変わったのか、喘息の発作が出ることはなくなりました。周りの人たちに「子どもの頃、病弱でした」と言っても信用されないほど健康に恵まれました。
年齢を重ねるにつれて、それまでの無理がたたったのか、暴飲暴食が過ぎたのか、いくつかの病気を抱えるようになりました。今では、食前食後の服薬が欠かせません。そのような現在の私ですが、健やかに生活できる源を考えてみると、やはりご聖体だと思います。
最後の晩さんの時、イエスさまは弟子たちと、形見となる食事をなさいました。パンを取って「わたしのからだ」とおっしゃり、ぶどう酒の満ちた杯を取って「わたしの血」とおっしゃって弟子たちに与えられました。この食事を「ミサ」という形で礼拝を守っているカトリック教会ですが、このミサの中で、イエスさまのからだであるご聖体をいただくのです。
心の中が乱れていても、また体調がすぐれなくても、ご聖体をいただくことによって、イエスさまと一つになることができます。私たちの状態が良くても悪くても、イエスさまとつながっていることができるのです。そして、聖書の朗読を通して、イエスさまの声が心の中に響き渡ります。
よくよく考えてみると、私の状態がどうであったとしても、健やかでいられる源は、イエスさまが残してくださったご聖体だと思っています。ご聖体に支えられて、日々を生きていく力を受け、イエスさまの掟を実践することができるのだと思います。