

戦時中、東北の小さな町に生まれ育った私は、実家が書店とはいえ、両親を早く亡くしたうえ、十人兄第の末っ子として生まれたので、貧しい生活でした。
ですから、学校を卒業すると、兄たちにならってすぐ家を出て働くことにしたのです。
幸い兄が信州で出版業をしていたので、その仕事に携わることになりました。当時は戦後の混沌とした時代でしたが、仕事は楽しく実り豊かなものでした。
東京の神田に支社を構え、編集長の仕事をしていたのですが、給料は安く貧しい生活ながら、とてもやりがいがあり、心豊かな生活でした。
また、編集長の名刺があると、どんな有名人や知識人にも面会できたものです。
中でも印象的だったのは、当時飛ぶ鳥を落とすほどの勢いがあった、東大の
総長は、「敗戦の貧困や疲弊の中で、日本を再生させるためには学問しかない」という信念のもと、貧困のために学業を諦める学生たちのために、門戸を開放し、優秀な学生を集めて学問研究に専念させました。
そして、およそ一時間ほど、敗戦後の復興には、何よりも精神的豊かさ、教養、知恵が、いかに大切かということを語ってくださいました。
総長はクリスチャンでしたが、無教会主義者でした。それでも、私がローマ・カトリックの信者だと告白すると、非常に喜んでくださいました。
社会が本当に豊かになるためには、「人びとが心の中心に信仰のような信念を持つことが大切だ」と言われたのを、今でも覚えています。