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豊かさ

植村 高雄

今日の心の糧イメージ

 若い頃は自分の事ばかり考えていたようです。親にお世話されて生きていた学生時代は、実に楽しいものでした。学友は心豊かな青年ばかり。

 充実した学生時代が過ぎ、就職して、厳しい社会に出た途端、学生時代のように心が通った仲間は一人も居ない。お金はないし、職場には友達もいない、慣れないことばかりの上に、仕事仕事の毎日は苦しいものでした。

 数年経ち、仕事を覚えると生き甲斐を感じだします。心にも余裕が生まれ、仕事も順調に運ぶようになりました。

 さて90歳近い今、心にしみじみと感謝の思いが浮かんできます。
 厳しい人生でしたが、それを支えてくれた妻がいます。
 大勢の教会の仲間もいます。既に天国に行かれた恩人の神父様たち、優しかったシスター方、胸が熱くなります。あの方々はどうしてあのように命がけで人々の世話をされたのでしょう?

 私は何故、自分の魂の救いのみを日々、思索しているのでしょうか?
 職業柄、人々のお役に立ちたいという強い思いはありますし、「生き甲斐の心理学」という本を書き、その関連の勉強会も30年くらい続けて展開してきました。

 しかし、何故かしみじみと心の貧しさを感じる日々が続いていたのです。
 「自分の心は何と貧しいのかなあ」と哀しみを覚えます。
 顔には微笑みを浮かべてはいますが、心の奥底は貧しい哀しみが流れているのです。

 そんな或る日、親しい修道女が私に「祈り求めることは、すべて、すでに得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる」とマルコによる福音、11章24節にある言葉を教えてくださいました。

 そのみことばは、私の心を実に豊かにしてくれました。