

今や、たびたび耳にする「断捨離」という言葉。実際に取り組んでおられる方もいらっしゃることでしょう。わたしも家族の想いや好み、そして生活の潤いを考慮しつつ、多すぎる物や不要なものを手放していくように心がけています。
その結果、生活が快適になり、清々しさも感じるようになりました。一方で、断捨離の目的を自分自身の心地よさに据えると、自己満足で終わってしまうような気がしています。
昔から伝わるこういう言葉があります。「人が死ぬと、その三日後に〝自我〟が死ぬ」。
わたしたちのエゴ、自愛心、執着心はそれだけ強固であるという、笑い話のようですが、核心を衝いた教えだと思います。
カトリック教会の聖人たちは、心の中から自我を手放して生まれた空間を「貧しさ」「小ささ」「
空になった心に神さまをお迎えする。断捨離に取り組むとき、それを目的にしたいと思います。
そしてもう一つ心がけていることがあります。
クリスチャン詩人八木重吉の詩集に「美しくすてる」という作品があります。
「菊の芽をとり/きくの芽をすてる/うつくしくすてる」
この「うつくしくすてる」という言葉が心に響きます。
やみくもに不要なものを棄てるのではなく、神さまにこれまでの恵みと時間を感謝し、丁寧にお返しする。
物も、ご縁も、この身体も、心も差し出してこの世を旅立つとき、神さまの喜ばれる断捨離が完成するのではないでしょうか。
空の手で天の門の前に立ったとき、真の豊かさの中に迎え入れていただけますように。