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豊かさ

シスター 山本 ふみり

今日の心の糧イメージ

 たゆたう水が水田を満たし、稲の(ぶん)けつを促すときに、いいタイミングで梅雨になる。この自然の流れに感動を覚えます。稲の分けつとは、田植えの後に、茎の根元から新しい茎が次々と発生して増える現象のことで、この分けつ次第で収穫量が変わるようです。

 「みことばの分かち合い」もそれに似ていると思うのです。ひとり一人違った分かち合いを聞くことが出来ますし、新しい発見もたくさんあります。渇いた心に水を注いでもらった感覚で、生きるに必要な水です。みことばにはそんな力があるのですね。そして、それはいいタイミングで降りて来るので、不思議でもあります。

 しかし、なかなか分かち合うことが難しいと感じることもあります。自慢話になってしまわないか? カッコつけの私ではないか?などなど心配し、不安になり、分かち合えなくなるときもあります。
 弱い自分の姿を目の当たりにして尻込みしてしまう。

 そんなとき「弱い時にこそ強い。」(二コリント 12・10)という聖パウロの言葉を思い出します。

 恥ずかしさが増すとき、神様は人間の弱さの中でも働かれる。弱さの中にこそ浸み込んでくるものもある。そう思い直すようにしています。

 やっぱり自分の恥をさらす勇気と、それを犠牲にする愛がいりますね。

 「豊かさ」とは、分かち合うことでいただけるもの、助け合うことで見出されるもの、弱さや恥と思うものの中にも隠されている気がします。

 お米の問題が続いている現在だからでしょうか? 美味しいお米を頂けていた頃を思い出すと、作業はきつくて嫌々だったけど、贅沢だったと思います。

 豊かさの元には、それなりの犠牲のようなものを差し出す必要があり、それが分かち合いなのかもしれないと思ったりします。