

今月のテーマは「健やかさの源」だと聞き、自分にとってこれまでで最も難しいテーマだと頭を悩ませました。
なぜなら、自分は「健やかさ」とは無縁の人間である、と我ながら考えているからです。特に身体が悪いわけでも既往歴があるわけでもなく、他人から見れば申し分ない健康体ではあります。
ですが精神的には、常に仕事のことが気になり、気になると離れられなくなり、思考とともに心までじわじわと沈んでいく、という傾向があり、アップダウンこそ大きくないものの、「健やか」という言葉からは遠く隔たっているのです。こんな状態の人間が、その「源」にまで触れることを書くことなど...。
と、ここまで来て、ふと考えました。仮に、たとえば僕が自分を心配させ、悩ませもする仕事から離れ、あらゆるストレスから解放されて自由であったなら、果たして僕は「健やか」なのでしょうか。
確かに身体も心も穏やかで、気持ちのいい日々を送るでしょう。経済的に多少の余裕があれば、美味しいものを食べ、素敵なレジャーだって楽しむでしょう。しかし、そんな「健やかさ」とは裏腹に、ある種の虚しさを抱えることになるのかもしれません。
私たちの人生は、どんなことがあろうと、確実に有限です。身心の「健やかさ」とは、人生のどこかで必ず失ってしまうものなのです。有限な人生において、ただ単に快適であることは、人生を保証するものではないということです。
人生が本当に「健やか」であるためには、きっと自分の存在に対する「意味」が必要なのです。仕事、家族、趣味、信仰、大切な存在、何でも構いません。
時に心配やストレスの種になるとしても、そのことこそが自分を支え続けているのかもしれません。