

私事ですが、昨年の春、東北の小さな港町の教会から、東京のど真ん中の大きな教会に転勤となりました。一年を振り返ってみて、毎日が試される経験だったように思います。
まず、人の多さにびっくりしました。小さな港町では、ほとんど子どもたちを見ることがありませんでしたが、ここは小学校が近いせいか、いつも子どもたちがおおぜい道を歩いています。地下鉄やバスは、いつ乗っても大勢の人たちが乗車しています。それに加えて、普段通う病院も、スーパーも、理髪店も新しく変わりました。
教会では、教会堂の鍵の開け閉めや、ゴミの出し方など、新しく経験することが数多くありました。私の語りがマイクで聖堂中に響き渡るので、少々、戸惑う経験もありました。信者さんたちの顔ぶれも変わり、お一人お一人名前を覚えるのが、少々たいへんです。
このような試される経験は、年を重ねていくと難しくなるものではありますが、新たなチャレンジとして受け止めることもできると思います。
ところで、イエスさまの生活も、日々、試される経験で満ちあふれていたのだと思います。多くの人たち、とりわけ病を抱えた人、障がいを持っている人、そして、社会から罪人として排斥された人など、毎日、多くの違う人たちと新たに出会い、共に食事をしたり、語り合ったりしたことだと思います。時には食事をする暇さえなかったようですが、このような新しい出会いを前向きにとらえて、チャレンジ精神をもって乗り越えられたのではないか、と思います。
新しい経験にしり込みすることもあるかもしれませんが、試される経験を前向きにとらえて、チャレンジの連続だと思えるなら、毎日が豊かで楽しいものになるのかもしれません。