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「試される」―約束―

許 書寧

今日の心の糧イメージ

 今から十数年前、友人の招待で初めて能楽を鑑賞した。
 それまで、ハードルが高すぎて最初の一歩を踏み出せなかった「能」。その日は初心者のために、開演前に分かりやすい解説が行われた。この橋渡しのお陰で、私は初めての能を心より楽しむことができた。

 当日の演目は「安達原(あだちがはら)」。

 廻国(かいこく)巡礼中の修行僧 祐慶(ゆうけい)とその一行が安達ケ原にさしかかり、一人の老婆が住む小屋に泊めてもらうと、そこが伝説の鬼女(きじょ)(おにおんな)の棲み処だった。

 老婆は客人をもてなし、暖を取るために薪を拾いに出かけるが、「留守中、決して寝室を覗かないように」と念を押す。しかし、祐慶に仕える従者は好奇心にかられて部屋を覗いてしまう。

 すると、中はおびただしい数の死体の山!一行が肝を潰して一目散に逃げ出すと、後から鬼女となった老婆が「約束を守らなかった!」と、絶叫しながら追いかけてくる。激しい闘いの末、ついに鬼女は祈り伏せられ、闇へと消え失せる。

 登場人物の中では、鬼女だけが、能では(おもて)と呼ぶお面を付けていた。前半は無表情な女性の面で、後半は恐ろしい形相の般若面(はんにゃめん)に変わる。この般若面から、激しい怒りだけでなく、あまりにも深い悲しみが溢れ出るので、こちらまで胸が張り裂けそうになった。

 約束したのに破られ、信じたのに裏切られる。実に切ないことだ。
 けれども、それは人類が直面すべき共通の課題でもある。

 信仰の歴史を振り返ってみると、人は何度も神との約束をたがえてきた。その都度、神が受けられた傷がどれほどのものか、想像しただけでも心が痛む。それでも神は、裏切りや苦難の中で試練を与え続け、私たちを救いの約束へと導かれる。

 自分の弱さを試される日々。本物の信仰を養いたいと思う。