

現在のピアノの先生から、私は試練に向かうときの大きなヒントをいただきました。あるレッスンで、私は課題曲に苦労し、何度も「私には無理かも」とつぶやいてしまいました。
ところが先生は「そんなことない」、「こうすればできるから」と、辛抱強くパッセージと呼ばれる難所を教えてくださいました。必死とも言える熱意に背中を押されて恐る恐る弾いてみるうちに、なんと、本当に弾けるようになったのです。数分前にはぜったいに無理だと思っていた箇所でした。しかも、弾けるようになったのはそこだけではありませんでした。
「できちゃった」と、思わず独り言を言ったら、先生はこともなげに「そうよ、できるのよ」と言われたのでした。先生は私に見えていなかった「先」を見て、私の場合は理解させればできると確信しておられたのでしょう。
このレッスン以来、私の心は大きく変わりました。難しそうに思えても、できるかもしれないと希望を持ち、諦めずに乗り越える、と決断するようになったのです。たとえば、手が小さいから弾けないかも、ではなく、弾ける方法があるかもしれないから、それを見つけてやろうじゃない、と。
この気持ちは、他の試練に見舞われたときにも作用するようになりました。試練なんて勘弁してほしいと思いつつ、それでも試されるなら受けて立ちます、と祈るようになったことに気付いたのです。覚悟を決めると、不思議と力が湧いたり、助けが現れたりします。
神様が一緒にいてくださると信じて、とにかく向き合ってみる。キリストもそうやって十字架の試練に打ち勝たれたのだから。そんな気持ちです。だって、試練がきたら、受けて立つしかないのだから。