

思春期の頃から長い間、私は口下手であることに悩んでいました。
小・中学生の時は友人との会話を楽しんでいましたが、高校生になってからはうまく会話をすることができず、葛藤する毎日でした。
当時、健在であった同居する祖母に相談すると、「みんなそこまで会話を意識してはいないよ。考えすぎだと思うわよ」と返してくれました。
成人してからも、詩人の集う催し等に参加してもうまく話せず、そんな自分に落ち込み、帰宅して自分の部屋の布団に包まる夜もありました。
そのような私に、やがて二つの転機が訪れます。1度目は26歳の時。私は高齢者の集うデイサービスで働き始めていました。仕事の中でレクリエーションをする係となり、お年寄りの皆様の前でマイクを持ち、司会進行をすることになったのです。
初めての日は、緊張でぎこちない私でしたが、皆さんが温かなまなざしで見守ってくれて、無事に終えることができました。回を重ねるうちに、私にもレクリエーションを楽しむ余裕が生まれてきたのでした。
2度目の転機は32歳の時。詩人として、私は朗読会を主宰することになります。月に1回、企画・進行をして場を作り、よりよい場とは何か? を模索することで、徐々に仲間の前で、自分らしく話せるようになっていきました。
現在は詩の勉強会の講師をしたり、YouTubeの動画で詩人のゲストを招いてインタビューをしたり、ありのままの自分で人と話すことを楽しんでいます。
若い頃の「うまく会話ができない」という認識は、もしかすると私らしさを獲得するために、試されていた悩みだったのかもしれません。時には会話に臆する日もありますが、そんな自分も肯定できる心の柔らかさを、今は持つことができている私です。