

何年も前のことですが、大きな試練に見舞われていたわたしは放心状態でした。
神さまのために一所懸命取り組んできたことの結果が、失敗のような展開になってしまった・・・。その理由を「自分のせいなのか、他の原因によるものなのか」と、ぼんやりと考える他、何も手につきませんでした。その頃のわたしの日課は、家族の食料品などを買うために、あるスーパーへ通うことでした。
当時その店では、有名なロックグループの曲が、繰り返し流れていました。広い店内を巡り歩きながらその歌を耳にしたわたしの心に、その歌の歌詞が強く、深く響いたのです。
まるで神さまご自身から自分に向けて「こうなることはわかっていましたよ。いつもあなたのすべてを見てきましたよ。わたしにはあなたのすべてが愛おしい」と、語られているように感じたのです。毎日、スーパーでこの歌を繰り返し聴くうちに心の緊張が少しずつ解けて、涙が溢れるようになりました。
わたしたちはこの地上に生きる間、絶え間なく何かを選び、その結果を受け入れて歩み続けます。好調な時も不調に感じる時も〝選び〟は続きます。その選びは時に「試されている」と感じたり、結果の善し悪しの判定を受けるテストのように感じたりすることがあるかもしれません。
でも実は〝試み〟は好ましい結果を求められているのではなく、神さまが慈しみ深いまなざしで見つめていてくださる恵みの時間だと気づくことで、わたしたちは深いよろこびに包まれることでしょう。
「あなたは今、何を選び、何を学ぶのかな」
「わたしを頼ってほしいな」
「大切なあなたをいつも見つめていますよ」
どんな時も響いている神さまの愛深い御声とまなざしに気づきたいと思います。