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試される

シスター 山本 ふみり

今日の心の糧イメージ

 聖書に、イエスが弟子達を試される場面が時々あります。

 ご自分の話を聞くために集まった大勢の群衆を見て、弟子達に「あなた方が彼らに食べ物を与えなさい。」と言います。しかし弟子達は「200デナリオンものパンを買って来て、皆に食べさせるのですか?」と反対に言います。(参 マルコ6・30-44)

 また、その後すぐ、主は弟子達を強いて船に乗せ、向こう岸のベトサイダに出発させます。舟が湖の真ん中に出た頃、向い風の為に舟を漕ぎ悩んでいるそばを、湖の上を歩いて通り過ぎようとされます。どちらも主が弟子達をあえて苦難、苦境に立たせ、試しながら教育されているようです。師弟関係という「教育」の現場ではよくあることのように思います。

 試す側と試される側の双方の信頼関係があり、お互いに理解しあってこその相互作用の賜物(たまもの)のようにも思われます。これがまったく赤の他人からされるなら疑われている、だまされた、となるでしょう。

 「教育」という目的があり、お互いに理解しあってこそ成り立つものだと思います。成長する姿を見たり、理解していることを確認できたりするその嬉しさは、教育という現場においてはエネルギー源になることでしょう。そして少しずつ任せられる人になるのだと思います。

 看護という教育の現場でも然りで、試してみて判断することがほとんどです。大袈裟かも知れませんが、人の命を預かっているという部分もあり緊張もしますし、不安もよぎりますが、恐れていてばかりでは、前に進みません。失敗を繰り返しながら成長するもの!と最初から自分に言い聞かせましょう。それでいいのだと納得させましょう。試されて当然の時を過ごしているのだと、自分の立場を理解しましょう。

 いつかきっと任せられる人になる! と信じて!