

私が描いた作品に「試される時」という20点からなるシリーズがあります。絵踏みに臨む人間のさまざまに反応する態度を、一人の人間と足元に置かれた踏み絵だけで表現した作品です。
「覚悟」「裏切り」「恐怖」「試練」「後悔」「勇気」「許しを請う」などと続き、20点目の最後は、無数の足跡のついた雪道に1枚の銅板踏み絵が置かれた「あなたなら」という作品で終わります。
私は作品を描く前に、歴史を丁寧に調べてから臨みました。
そもそもキリスト教が危険な宗教という扱いになったのは、豊臣秀吉が1587年に「バテレン追放令」を出したことからでした。しかし、当時の大名たちは独自の判断で領民たちの信仰を自由にさせていました。
徳川幕府の時代になると、まず幕府直轄地に禁教令が出され、次いで、棄教しなければキリシタンは「遠島」という過酷な流罪となりました。
「島原天草の乱」の後にはさらに激しい弾圧で多くの殉教者が出ました。
1622年、長崎で、キリストの顔を描いた紙や、信者から奪ったロザリオなどを踏ませて信者発見を、と始まったのが、絵踏みと呼ばれた信仰改めです。
やがて聖母像、
この絵踏みが制度化され、正月行事として毎年1月4日に一斉に行われていたことから、作品に雪道を描くことで、その歴史を表現したのでした。
画家となり、ある神父さまから「神の絵筆」となるよう言われ、私が試された経験でした。
博物館や史料館で本物の踏み絵をデッサンし、絵踏みで試される自分自身を想定してポーズを決め、心を込めて描きました。