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隣人愛

許 書寧

今日の心の糧イメージ

 「隣人愛」と聞くと真っ先に思い浮かぶのは、平和の聖人マザー・テレサの子ども時代の逸話である。

 マザー・テレサの本名はアグネスだった。東ヨーロッパのスコピエという町で、三人きょうだいの末っ子として生まれた。両親は信仰心の篤いカトリック信者で、目の前に困っている人がいれば必ず手を差し伸べるのだった。

 アグネスが9歳の時、最愛の父を病気で亡くした。一家の大黒柱を失った母は悲しみをこらえながら、刺繍の内職で得た僅かな収入で三人の子どもを育てた。

 ある日の夕方、母がいつものように帰宅すると、食料が入っているはずのカゴは空っぽだった。お腹を空かせて待っている子どもたちを前に母は朗らかに、しかし当たり前のように言い聞かせた。

 「市場からの帰り道で、とても貧しくてかわいそうな親子に出会ったの。もう何日も食べていなかったらしい。だから、買ったばかりの食材を全部差し上げたわ。今日は、私たちの代わりに、あの親子が食べる番だよ。それでいいよね?そのことで喜びましょう!」

 やさしくかがやく母の美しい瞳を見て、子どもたちもついつい嬉しくなった。お腹はペコペコだったが、心はポカポカで幸せに満たされた。
 そうやって、小さなアグネスは母の姿を通して「隣人愛」を学んでいった。幼少期の日常の積み重ねがマザーテレサの人生の基盤を形作り、やがて真の平和に至ったのだろう。

 1984年の秋、来日したマザーテレサは広島の地を訪れ、幟町にある世界平和記念聖堂で祈りをささげた。
 その聖堂の正面玄関扉の内側には、偶然にも、マザーテレサの人生そのものを映し出すかのような言葉が刻まれている。

 「平和への門は隣人愛なり」