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ためらい

服部 剛

今日の心の糧イメージ

 それは、ある親しい先輩と書家の展覧会へ行った時のことでした。

 私はゆっくり作品を観て、先輩は先に美術館内のカフェで私を待っていてくれました。「お待たせしました」と私が向かいの席に腰を下ろし、珈琲を飲みながら展覧会の感想や芸術、文学について語り合うひと時。詩の世界における文学賞の話題になり、先輩は「君には良い詩集があり、もう充分に経験を積んでいるのだから、賞に選ばれるかどうかより、確たるものをもって生きなさい」と言われ、目が覚める思いでした。

 私は今、50歳になり、いくつかの詩集を発表してきましたが、大きな賞をいただいた経験がありません。心の中では詩人としての自分を信じながらも、人と話す時には「一応、詩を書いています」と、ためらいがちな言葉を発していたことに、先輩の助言で気づきました。

 家に帰り、そのことを妻に話すと、ちょうどテレビで、往年の女性歌手が無数の拍手に迎えられ、舞台に登場したところでした。妻は「もしあの歌手が自信なさそうに出てきたら、お客さんたちはどう感じるかしら」と、私に言いました。私はハッとしました。歌の道を歩き続けているこの歌手の方と、30年にわたり詩を書く道に専念している私は、同じ「ありのままの自分」を貫いているはずです。

 「神様は私の存在を愛してくださっていて、その自分を信頼していいのだ」という確信が、胸の中から湧きあがりました。

 「これからはポジティブな言葉を語ろう」と、私は心に決めました。もちろん、頭を垂れる稲穂の姿のような謙虚な心は忘れずに、晴れの日も雨の日も、心の奥で自分を信じ、自分らしく輝くことを目指し、日々を歩いていきたいと思います。