

最近、父のアルツハイマーの進行が加速している。
人の話が理解できなくなったり、ささいなことでいきなり怒り出す。必要のない物を大量に買い込んでくるし、バスを降りると家とは逆の方向へばく進するので、母はいつもハラハラさせられるという。
私は仕事柄、人々の経験談を絵本やエッセイに織り込むものだから、よく家族に「何でもいいから昔のことを教えて」とせがむ。父と母も娘のネタ帳に貢献しようと、何かを思い浮かべたらすぐ電話をかけてくる。
先日、父から「どう?昔、川遊びをした話、聞きたい?」という電話があったので、私は「うん、聞きたい」とすぐにノートを開いた。
すると、そこから始まったのは2時間にも及ぶ長電話だった。
川遊びの話は、10分もあれば要約できただろう。けれども、父は調子の良くないカセットテープのように延々とリピート再生をし続けた。
出口のない父の語りに私は筆記する手を止めると、ふと祖母を思い出した。
祖母は晩年、記憶力が衰えて同じことを繰り返して言うようになった。そんな彼女の話し相手になるのは、遊び盛りの私たちにとって苦痛しかなくて、できれば避けたいものだった。父にしても、仕事でへとへとになっているのに、母親の饒舌はたまらないはずだった。しかし、彼はいつも真剣に耳を傾けていた。時には私たちにいたずらっぽいウィンクを送って、場を和ませるのだった。
あの時から幾年が過ぎただろうか。既に祖母は亡くなり、今は父が話を何度も繰り返すようになっている。
私は思わず心の中で父に語りかけた。
「父ちゃん、選手交代だね!」
そして、大好きな父の現状を、微笑をもって受け止めたいと誓った。