「今日という日は自分が一番若くて、一番年取った日」とはよく言われることである。
言葉としては知っていても、実感できるようになったのは60歳を超えた頃からである。
67歳の時に、大腸ガンの手術をしてから、なおさら、この言葉が身にしみるようになってきた。
大腸ガン手術の翌年の正月、私は大いなる感謝の気持ちを抱いて、覚え書きノートに向かった。
日記は10代の頃よりつけはじめ、結婚してからは日記ではなく覚え書きノートと題して、市販のノートにつけはじめた。
朝・昼・晩の献立、手紙や電話、来訪者など・・。
時々は、人には言えない悩みなどを神さまにあてて手紙を書いた。
すると、目の前がパーッと開け、心も開かれて、明日もまた頑張ろうと思えるのだった。
40代の頃から文章講座の講師を依頼されてしていたが、その時に私は受講生に対し、毎日、たとえ1行でもいいから、自分は今日、このように生きたという証のために覚え書きノートを書くようにすすめた。
それから何十年も続けている受講生からは、覚え書きノートをつけていたおかげでこのように助けられたというようなお便りをいただくことがある。
例えば、病気をした時、朝昼晩の献立を医師に報告し、食事の改善に役立ち、その後は元気になったというお便りはこちらも嬉しくなった。
私たちは生きているのではなく生かされているのであるが、毎夜、覚え書きノートを書くたびに、神さまへの感謝がふつふつと湧いてきて、幸福な気持ちになる。