何かを始めることにまつわる慣用句には、私が気に入っているものがいくつもあります。
「千里の道も一歩から」は、どんなに長い道のりでも最初の一歩から始まるということで、後で偉人になる人もちょっとだけ経験して終わる人も最初の一歩は平等との視点が気に入っています。
英語の"Better late than never"は「遅くてもやらないよりは良い」という意味で、早いか遅いかではなく、実際に始めること、やってみることに価値があるのだと励ましてもらえる表現です。
では、キリスト教的な感じのする表現はあるでしょうか。
私が好きなのは「まず隗より始めよ」です。
中国の戦国時代、賢者を集めたければまず凡庸な自分を重んじるようにと王に進言した人物の言葉が由来で、まずは身近なことから、あるいは言い出した人から始めなさいという意味です。
「心のともしび」をお聞きのみなさんなら、ここでピンとくるかもしれません。「暗いと不平を言うよりもすすんであかりをつけましょう」という呼び掛けも、まさにこれと同じ精神ではないでしょうか。
人に言いつけたり頼ったりするばかりではなく、まずは自分から動いてみる、試してみる、ぶつかってみる。挫折しても失敗しても、その経験はきっと次のステップの助けになることでしょう。私自身、想定外の災難に見舞われて「なんでこんなことに」と思いながらかじりついていたら、いつしか信じられないような素晴らしい道が開けてびっくり仰天という経験がいくつもあります。
聖書には、「主の慈しみは朝ごとに新しい」という一節があります。(哀歌 3・22~23)
暗い夜を耐えて朝がくれば新しい恵みが待っていると思えば、始める勇気も出てきます。
さあ、良い一年を引き寄せましょう。