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生き抜く

林 尚志 神父

今日の心の糧イメージ

 それは陽射しが眩しく汗を拭う夏の日でした。東京に向かう折、横浜で途中下車して、病院に小学生の甥っ子を見舞いました。

 甥っ子君は無心にプラモデルのお城作りでした。片手は点滴で自由に動かせず、他方の手で、返事も何処やら、夢中です。

 付き添いのおばあちゃん、私の母に挨拶すると、沈黙していた甥っ子君が「伯父ちゃんお腹すいた?」と急に顔を向けました。昼前でした。

 病状から長居はしないでおこうと思い「大丈夫、帰りにラーメンでも食べるから」と応えました。と、「お寿司食べなよ、特上を。お祖母ちゃんお金あるから」と言うのです。母も「食べて行ったら、出前頼めるから」といいます。

 特上寿司がきて、ベット横のお祖母ちゃんと正面に座る私が特上寿司に箸を運びます。甥っ子君はプラモデルから手を離し、じーっと食べる様子を見ています。

 食べた気がしないなと感じている時、「美味しい?」と聞かれました。「美味しいよ」。すると「どうしてウニとイクラ残すの」と尋ねます。「美味しいものは最後に食べるの」と慌てて応えると「僕もそうする」と言うのです。

 よく憶えていませんが急いで全部食べました。

 「おいしかった、ご馳走様」と言うと「良かった」と言って、口元にのぞいていた涎と共に「ごくん」と口中に溜まったものを呑み込んでいました。

 そして何も無かったの如くプラモデルに取り掛かったのです。

 母に礼を言って、帰り際甥っ子君に話しかけたのですが、返事がありません。伯父の空腹を想い、実際自分は食べられなくても、特上寿司を分かち、あのつばを飲み込んだ時、私との関わりを生き抜き、成し遂げた様でした。

 その後、海外での会議から帰り、甥っ子君が天に還った知らせを受けました。