▲をクリックすると音声で聞こえます。

自然への感謝

服部 剛

今日の心の糧イメージ

 私たちの日々には、時にかけがえのない出会いがあるように、芸術作品や書物にも一期一会の出会いがあると感じます。

 私は年に数回、美術館に足を運びます。館内すべての絵を念入りに観るというよりは、全ての作品をひと通り観て、〈さて、私に何かを囁くような縁のある絵はどれだろう?〉と、幾枚かの心に残る絵を見つけては、それらの絵をじっくりと味わうことにしています。

 昨年、東京・上野の"森美術館"で催されたモネ展は、深く印象に残りました。モネといえば 『睡蓮』の絵が有名です。たくさん描かれた睡蓮の中でも、私にとって名画だと思ったのは、暗い池の水面に開いた白い睡蓮が赤みを帯びており、 花弁の中が光っているように視える絵でした。その絵の前に立った時、私は〈この花のように、一人ひとりの人間の中にも、自らを咲かせる命の光がある〉という直観を覚えました。

 モネには雪景色を描いた絵もあり、私がふと立ち止まったのは、夕暮れの雪道を何人かの人が歩いてゆく風景の絵でした。町の家々と通行人と雪道に、夕暮れの淡い光はそっと注がれ、滲むようで、〈私たちの日常は、単に素朴なだけではない次元の道なのだ〉という不思議な感覚になりました。絵を観ることを通して、このような自然の働きから命の歓びを味わえることを知りました。

 モネの名画にふれた後、美術館を出て上野公園を歩くと、風に揺れる枯葉たちがさわさわ......と何かを囁き、目に映る世界が絵の如く視えてくるようでした。

 私たちの日常も、絵画のように視えるかけがえのない一瞬があるのでは──。そんな予感を胸に、私は目に映る風景を味わいながら、駅へと続く道を歩きました。