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ひらめき

シスター 萩原 久美子

今日の心の糧イメージ

 文章を書いたり、誰かの前で話をすることを頼まれたり、こうして毎月「心のともしび」の原稿を書く時も、パッと自分が書きたいこと、話したいことは浮かんでこない。いつもウンウンと考え、ああでもない、こうでもないと頭をフル回転させる。それでもなんにも浮かばずに、あきらめかけた締め切り間際のその時にふっとひらめくことがある。全く予期しない読み物や、人との会話からヒントをもらうときもあり、そのひらめきに感動すら覚えることがある。一度ひらめきが起こると、面白いくらいに次から次にことばがあふれ出て、あの悩みあぐねていた時間は一体何だったのだろうと思う時もある。

 哲学者でキリスト教の神学者でもあるパスカルは、『パンセ』という本の中で、「人間は自然のうちで最も弱い葦の一茎にすぎない、だがそれは考える葦である」と言った。

 「ひらめき」は何もないところから突然アイデアが浮かぶのではなく、いろいろと考えたり、調べ物をしたり、そうした秘められた努力の間に生まれるものであり、無駄に思える時間こそがひらめきを生み出す原動力にもなるのだろう。

 近年、AI(人工知能)の発達により、コンピューターを操作するだけで、様々な「アイデア」や「ひらめき」を得ることができる。人間にも勝る知識を蓄えたコンピューターを操作すれば、考えなくてもすべてが「わかった」つもりになる。でもその「ひらめき」には、感動や喜びは感じられない。

 パスカルが現代社会を見たらなんというだろうか。神様が人間に与えてくださった、AIに勝る無限の能力をもっと大事にしたいと思う今日この頃である。