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委ねる

林 尚志 神父

今日の心の糧イメージ

 目を閉じて心を深く沈めると、聴いて覚えている筈のない音が、今も聞こえてきます。「ピチャ、ピチャ」という微かな音です。

 私がこの世に生まれてやっと一年、多分おむつをして、よちよち歩きだった頃です。台風が去った後の近くの原っぱに、父と叔父は私を連れてキャッチボールをしに行きました。都会の郊外は、今と違って、よちよち歩きが付いて行っても危なくない交通量だったのでしょう。

 二人は少しの間キャッチボールを楽しんでから、ふと、傍によちよち歩きの気配が消えていることに気付いたそうです。

 「ひさし、ひさし!」呼び回りましたが応えの動きが無い。「静かに!動かないで!」父親がその動きと音を制して、地面に耳を付ける様にした時、「ピチャ、ピチャ」と微かな音が草むらの向こうから聞こえたそうです。

 音の方へ走って行った二人の前には、台風の雨で水かさが増したマンホールの蓋が開けっ放しで、そこに二本の脚が出て、微かに動き、助けを求めていたのです。

 どのようにして助け上げられたか憶えてもいないし、知りません。

 幼児の私はその時、九死に一生を得たのだと、少し大きくなってから聞かされたのを憶えています。

 父親の経験知と親心が、自らの動きを止めて、救いを求める命の音を聴こうとしたのでしょう。あのまま叫び、動き回っていたとしたら、今、この私はいないでしょう。

 現代社会は、開発・発展という動きと叫びの中で、思わぬ自然環境の変化が命を脅かす状況を繰り広げています。

 ぎりぎりでも遅くはないのです。人間の動きと音を止めて、人類の生存を賭けた「ぴちゃぴちゃ」の音を「父なる神」に聞いてもらい、真の発展への救出・解放への計らいに委ねる祈りをしたいと思います。