ある夜、帰宅するため電車に乗っていると、中年の男性が「クシュン」と遠慮がちにくしゃみをしました。彼はマスクをしておらず、気まずそうに目線を落としました。たった一瞬の出来事でしたが、マスクをしていない彼に、私は反射的に視線を向けてしまいました。自分でも驚いたのは、そこに彼を非難しそうな自分の心の動きがあったことでした。
確かに、コロナ禍により感染を不安に思う人は多く、一人ひとりが予防を心がけ、お互いを守るためにもマスクを着用することは大事です。しかし、私は自分のなかに〈もう一つの声〉を聴きました。
――お前はマスクを一度も忘れたことはないのか? と。
私は人が人を大切にする生き方とは何かを、思い巡らせました。人が豊かに生きるためには、誰かを裁くことなく、自分の正しさを誇るよりも自分の欠けているところを神様の前に差し出し、自分を卑下することなく顧みて、より良い生き方を求めることだと、気づいたのです。私は鞄からノートを取り出し、次の詩を綴りました。
車内でマスクをするのは、賛成です
ただ、忘れずにいたい
思わず、くしゃみをした人へ
私の目線が刺さらぬように
ちょっとの 間 を置いてみよう
口と鼻は隠しても
〝まなざし〟だけは隠せないから
人間は時代の状況に流されやすい面がありますが、一度、心のリセットボタンを押して、少しでも世の中がギスギスした空気にならないように、聖書に描かれるイエスの慈しみ深いまなざしに倣うことが、今こそ大切ではないでしょうか。