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心のなごみ

シスター 岩田 真里亜

今日の心の糧イメージ

 心がなごんでいる状態をなにかに例えようとする時に私の頭に真っ先に浮かぶのは、除夜の鐘が響く中で流れるオルガンの音の温かさと、その横で姉と一緒に潜り込んでいた毛布の温かさです。穏やかで調和のとれた世界とでもいいましょうか、外の寒さと暗闇からは想像もできない何物にも侵されない平和がそこにはありました。

 眠っているところを両親に揺り起こされ、眠い目を擦りながら行った大晦日の感謝のミサの時のことです。まだ小さかった私たちが眠ってしまうことを見越して母が持ってきてくれた毛布の温かさと、神さまの家のなかにいる心地よい安心感が私たちを包んでくれていました。

 「なごむ」という言葉の反対語は「痛む」「荒む」「苛立つ」なのだそうです。これらの言葉から連想するイメージは、暗闇や寒さです。まさに、あの大晦日の夜に教会を包んでいた暗闇と寒さのようです。

 私たちの心は本能的に「なごむ」ことを求めているように思います。その反対に「痛む」こと、「荒む」こと、「苛立つ」ことは避けようとします。私自身、少しのことで揺れ動き落ち着かなくなる心に嫌気がさすこともあります。もっと強くありたいし、キリスト者たるもの、もっと強くあらなければならない、と自分を追い詰めてしまうこともありました。しかし、自分の弱さを避けようとすればするほどそれに囚われてしまうような気がします。あの穏やかで調和のとれた空間に入るために外の暗闇を通ることが必要だったように、私が嫌う私の弱さですらも不要なものではないのでしょう。

 「心のなごみ」、私にとってそれは揺れ動く心の奥にある温かな部分に身をおくことです。皆さんにとっての「心のなごみ」とはなんでしょうか?。