大学に入学して京都に来た私は、「京都カトリック学生連盟」、通称「学連」に入りました。学連という名称は、かつて各大学にカトリック研究会があり、その連合体だったためです。私の時代にはすでに大学ごとの組織はなくなり、カトリック会館内に学連のボックスがあって、いろいろな大学の学生が集まって活動していました。
哲学科の先輩の手ほどきを受けて、実存主義者として知られるハイデッガーの読書会や聖書学の勉強会などが行われていました。今思えばずいぶん背伸びをしていたものです。工学部に籍を置く私にとって、すべてが未知の世界でした。
幼児洗礼を授かった私は、聖書や神学をほとんど何も知らずに大学生になりました。その負い目もあって、いただいた信仰を大人のものにしたいと意気込んでいました。毎週、夜に行われたボックスや喫茶店での勉強会は、新鮮で充実したものでした。
年に何回か合宿も行いました。1年生の私にもレポートが課せられ、アウグスティヌスの恩恵論について研究して報告するという、無謀に思える機会が与えられました。必死に勉強して、何とか発表のまねごとをしたことを覚えています。夏期休暇には、日本海に面した教会や信州の幼稚園をお借りして合宿を行いました。勉強会が終わると、みんなで食事を作り、海水浴やハイキングを楽しみました。女子大の学園祭に、学連フォーク喫茶の出店が許可されました。1970年代はフォークソングの全盛期でした。来客者のリクエストに応えてギターの生演奏のもと、みんなで歌ったフォーク喫茶は懐かしい思い出です。
学連での経験は、教師になりたいと決意するきっかけとなりました。ともに学び、ともに遊び、ともに祈った学連での日々は、私の大切な宝物です。