勇気を持って歩む

越前 喜六 神父

今日の心の糧イメージ

 困難や試練に直面したとき、根が臆病な私は、すぐに好きな聖書の言葉を思い出して、勇気を奮い起こし、「当たって砕けろ」の精神でぶつかってきました。その結果、大変だったと経験したことは一度もありませんでした。すべてがうまくゆきました。

 人生に壁というものはないのです。あるのは、「これはベルリンの壁よりも固く、とてもぶつかって通れるはずがない」と思い込んでいる私自身の意識、つまり考え方だけです。意識は出来事を造り出します。ですから、意識を変えることです。それには、勇気を与えてくれるような言葉に出会うことです。

 人生の出来事には、吉凶禍福が、あざなえる縄のように「楽あれば苦あり」「苦あれば楽あり」と関連し合っています。

 そんなとき、私はたとえば、旧約聖書の『ヨシュア記』にある、主なる神がモーセの後継者ヨシュアに、イスラエルの人々を今のパレスティナの土地に導き入れるように言われた時の言葉を、思い出します。それはこういう言葉です。「わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。強く、雄々しくあれ。・・ただ、強く、大いに雄々しくあって、わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する。」という言葉です。(1・5~7)

 この世で生きるということは、さまざまな艱難辛苦のある道を一人で歩いていくようなものではないでしょうか。神を信じ、祈りながら、ヨシュアのように勇気を出して前進するとき、すべての困難は消え失せ、堂々と進んでいくことが出来るでしょう。

勇気を持って歩む

崔 友本枝

今日の心の糧イメージ

 私は苦手なことの多い人間で、結婚してから、おにぎりを握ったこともないことに気付いて、大いにあわてた。うどんもそばも茹でたことがなかった。

 さらに夫は大の猫好きだが、私は猫も苦手だった。

 今から10年前、我が家に小さなトラ猫がやって来た。掌よりもわずかに大きいくらいで、生後一か月。一人でミルクが飲めないほど幼いが、母猫が水の入ったタンクに落ちて死んでしまったのだ。工場で働いている夫が拾ってきた。毎日、機械相手に長時間労働をしている夫の慰めになればと思い、私は猫が好きではないが、勇気を出して飼うことにした。

 猫用のミルクを買い、小さな口にあうプラスティックの哺乳瓶もそろえた。ミルクは一日に5回与える。母猫の代わりに、湿ったティッシュでお尻を根気よく刺激して排泄も促す。連れてきたばかりの日は、空腹で死にかけていた子猫が3日もすると元気になり、遊びたがるようになった。夫が仕事から帰ると子猫は夫の肩によじ登って甘える。夫には内緒だったが、私がこのトラ猫を心から好きになるまでには2年かかった。毎朝、自分に言い聞かせて世話をしていた。「これはよいこと。必ずよい結果になる」と。

 そして、いつの間にか言い聞かせなくてもよくなった。猫は私の友達になり、触ることも世話をすることも喜びに変わったからだ。今では鳴き声で、彼が何をしてほしいのかがすべてわかる。私が力を落としている時は、まるで賢い犬のようにそばに来て顔を近づけ慰めてくれる。

 たかがペットの話だが、疲れて帰る夫が喜ぶのを願って始めたことなので、勇気を出してよかったと思った。

 苦手な事に取り組むには勇気がいる。


1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11