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心を開く

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 「部下が心を開いてくれない」という上司の悩みを読み、職場の人間関係の苦労に感じ入ったことがあった。毎日の厳しい業務をこなしながら、心まで開かねばならないとは、何と大変なことだろう、また他人の心を開くなど、不可能なことに努めねばならない上司も、さぞつらいだろうと思ったのである。

 本来、人間は閉じている生き物なのではないだろうか。脳も内臓も閉じた身体のなかにあり、人としての精神は、更に奥深くしまわれている。

 閉じることで、一つの個体として生きているのであり、外界から自分を守っているのである。常に敵やライバルが隣にいるような現代社会では、なお自衛の殻を堅くして、内側にある柔らかい心を守らなければならない。それでいて、多くの人々と社交上は親しくつきあい、尊重し合っていかなければならないのだから、楽ではない。

 だが、そんな私たちでも、喧騒を離れて、ひとり静かに祈る時、身の内に、震えるような動きを感じることがある。それは、作り上げたつまらない殻を内側から叩き、開いていこうとする心なのではないだろうか。遥かな存在に向けて開くこと、ただそのために与えられて、ここにいるのです、と言う声も聞こえて来るようだ。

 自分を越えた遥かな存在を知った時、愛をもって包まれているのを感じた時、心は喜びに開く。世間に多忙で有能な人ほど、そのためには、祈りながら待つ、長い時間が必要であるだろう。

 生涯に一度しか咲かない花があるように、私たちも一生をかけて開いていく者なのかもしれない。ただその一生が、光を浴びていることに気づく日々であり、生かされていることを無心に喜び、感謝のうちに陽を仰ぎ続ける時間であるなら、つぼみにとっては、最高の幸福ではないかと思うのである。