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アリの町のマリア

堀 妙子

今日の心の糧イメージ

ふと友人が口にした言葉がある。「アリの町のマリアと呼ばれた北原怜子のような人って、いっぱいいると思うんだけど......」。

しかし北原怜子は今、教会によって聖女への階段を登りつつある。なぜなのだろう?

戦後、アリの町では自分の居場所を失った人びとや親を亡くした子どもたちが集まって生活していた。生活費を稼ぐ手段は、廃品を回収することだった。大学教授の娘として育った北原怜子は、ゼノ修道士との出会いによって、恵まれた生活圏内から出て、アリの町の人びとのもとへと出かけていく。

怜子は朝になるとアリの町に向かい、親のない子たちに歌や勉強を教え、時には廃品回収も手伝い、夕方には家に戻る。彼女の活動はマスメディアにも取り上げられ脚光を浴びるが、病気になってアリの町を去ることになる。彼女には長いあいだ心に留めていたことがあった。それは病気が回復したら、修道院に入りたいという望みだった。しかし、修道院へ出発の朝、高熱を出して断念。長い葛藤の末、自分のいるべき場所はアリの町だと戻ってくる。働き手としてではなく、ほどなく寝たきりの病人として。

 

現代はいつ何が起こっても不思議ではない状況になった。戦争、テロ、災害、飢餓、紛争、難民流出など。もし現代に北原怜子が生きていたら何をするだろうか。彼女は紛争地帯で苦しむ難民の受け入れに奔走したり、原発事故で苦しむ人々と共にいたかもしれない。

ふいに友人が発した一言で、北原怜子の足跡をたどった。

そこでほのかに見えてきたのは、彼女がキリストにより近くで従い、戦争の悲惨さのゆるしを願い、戦後、傷ついた人々の心をいやすために遣わされた証し人だという気づきだった。