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とりなし

三宮 麻由子

今日の心の糧イメージ

2つの立場の間に立ってとりなし、両方が納得できる解決法を見つけるには、どちらの味方にも敵にもならないことが大切になると思います。言い換えると、両方の味方になれなければ、ともに納得できる解決法は示せないのです。

25年近く毎日翻訳の仕事をしていて、私はつくづく、翻訳はとりなしに近い作業だと思います。忠実に言葉を置き換えただけでは、書き手の意図が中途半端にしか汲めず、また読み手に伝わる表現にもならないことが多い気がするのです。

たとえば英語の「enforcement」という言葉。法律の執行や販売戦略の実践のようなときに出てくるのですが、法律以外の場面では日本語でしっくりくるニュアンスの単語がなかなか見つかりません。実践、実施、実行、履行、遵守などなど、同じような単語でも微妙に意味が違います。それらをパズルのように合わせて、両方の言語で納得できる表現をつむいでいくのです。

このパズルを合わせるには、まず書き手の立場に視点を移動して、この言葉はどんな気持から、どんな背景から、どんな人に向けて書かれたのかなと考えます。次に、読み手の側に視点を移動して、読み手がいる文化の背景や社会の雰囲気を考えます。これは技術だけではできない領域で、双方を理解するために、ある種の愛のような気配りが必要になるのです。ここが、とりなしと翻訳が似ている点だと思います。

グローバル化で文化や価値観が直接ぶつかる機会が増えた昨今、忍耐強く説明し合ったり、愛をもってとりなしたりすることは、ますます重要になってきました。翻訳で分かったように、日常のふとした作業からも、とりなし術は会得できるのかもしれません。