半世紀以上前に出版された評論家・亀井勝一郎著『我が精神の遍歴』を開くと、薄茶けた頁の文字は、時を越えて私に語りかけました。〈自分は一体何者であるか〉と。このメッセージは旅に出る私自身の心の声と重なりました。
多くの著作を遺した亀井は北海道出身。函館の幾つもの宗派の教会が林立する生誕の地は、自宅の隣がカトリック元町教会、向かいは仏教のお堂という稀に見る宗教的な場所でした。亀井は聖書の言葉を引用するなど、その文学世界からは仏教とキリスト教の垣根を越える感覚が伝わります。
出発時刻が近づき、私はホームへと向かいました。新幹線は台風から逃げるように加速しました。
宿泊先の窓からは函館の街が一望でき、視線を落とすと教会群の屋根が見えました。2日後の夜明け前、ふと目覚め外を見やると、遥か彼方の山々からゆっくりと朝陽は揺らめき昇り、辺りはひと時琥珀色に染まりました。この新たな太陽に、私は〈本物の自分になろう〉と誓いました。そして、17年勤務した介護職を辞し、詩人の道ひとすじに生きる時機が来た、と直観したのでした。この霊的な太陽はきっと、天が望む季節の中で、誰もが己の使命に生きる豊かさを密かに呼びかけていることでしょう。