2017年10月03日の心の糧


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熊本 洋

今日の心の糧イメージ 人間、生きている限り、モノや人との出会いが必ずあり、その出会いの瞬間、瞬間、何かを感じ、無意識に、モノや人を評価しながら生きていると言えます。美しいものを目にすると、"あっ、きれい!"と思わず、声を発します。人との出会いでも、会った瞬間、第一印象が、だれにもあります。"良さそうな人だ"とか"変な人ネ"とか、直感的に評価しています。

モノも人も、無数に存在しますが、人間について言えば、1人ひとり異なった存在で、同じ人は2人いません。2人といない自分、そう考えると、大きな、そして多くの存在の中で、実に小さい存在ながら、誠に貴重な自分自身であります。一方、モノについて考えるため、辞書をみますと、「形のある物体をはじめとして、存在を感じ、知ることのできる対象」という定義の後「仏・神・鬼・魂など、霊妙な作用をもたらす存在」という定義がみられます。つまり、モノとは、目に見える物体に限らず、見えないものもあり、人間はその存在を感じ知る能力を持っていることも教えてくれています。

目に見えない霊妙な作用をもたらす存在を探知できる人間もまた、霊妙な存在、褒め称えないではおられません。「霊妙な作用をもたらす存在」とは何か、この興味ある課題をそれぞれが探求し、紛争続く21世紀に、なんとか平和と安心をもたらしたいものであります。

「愛は、私たちのすべての行いの完成です。そこに私たちの目的があり、私たちは愛に駆られて、愛を目指して走ります。その愛に到達すれば、その中で憩うでしょう」とは、古代キリスト教の神学者、聖アウグスチヌスの言葉です。