そうなのです。仏教でもキリスト教でも、仏や神は、無条件で恵みを与え続けてくださる方であると教えています。神は世界を創造され、人間をご自身にかたどって作ってくださいました。「それは極めて良かった」と聖書は伝えています。(創世記1・31)しかし、人間は罪を犯し神から離れてしまいました。心を痛められた神は、預言者を送り、神に立ち返るよう、幾度となく促されましたが、人々は聞く耳を持とうとはしませんでした。そこで神は、ご自身が人となって、人間の争い、憎しみの中に身を置いて、私たちに語られ、人類を救おうと計画されたのです。
私たちが、神のこの忍耐強く愛に満ちたメッセージに心を開き、物の豊かさではなく、真の豊かさを求めて生きていくことができますように。神が愛し抜いておられる世界中の人、特に、「私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである」(マタイ25・40)とまで言ってくださった弱い立場に置かれた方々に対して、もっと関心を寄せて、共に生きていくことができますように、祈りたいと思います。