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旅立ち

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

日本語は本当に豊かな語彙を持つ言語であると、折にふれ思う。人が亡くなった時も、「死ぬ」という言葉を言い換えて、「永眠する」、「旅立つ」、「儚くなる」などと婉曲に表現する。そこには不吉なものを避けるという意図もあるだろうが、むしろ死を崇高なものと考え、死者を敬う心が込められているように思われる。

これらの言葉からは、それぞれ、死は永遠の眠りであるとか、人の一生は儚いものだという日本人の死生観が窺えて、興味は尽きないのだが、私にとって、特に意味深く思えるのは「旅立つ」という表現である。肉体が灰になっても、それで終わりなのではない、人には不滅の魂があるのだと、この言葉は示してくれているからだ。

祖母が亡くなって、喪中のご挨拶を出した時、お悔やみの御返事を頂いたことがあった。高名な詩人からのおはがきで、「大切な方が旅立たれ、お寂しいことでしょう。」と書かれていた。何だか、祖母が長い旅行で留守にしているかのようである。ふっと気持ちが和らいだ。そうだ、きっと祖母の魂は、生前の思い出の場所を巡り、それから明るく長い旅に出るのだろう、と思うと、悲しいことに変わりはなかったが、頭上で空が広くなったようであった。

私たちはまだ地上の旅人である。日々の旅に苦労し、生きることに精一杯だ。だが、肉体が地上の旅を終えたあと、魂が新たな旅に出るのだ、と考えると、驚くほど心が落ち着く。やはり私たちは、永遠と呼ばれるものに結びつけられていたいのだろうか。

魂の静かな存在を自分の中に知るだけでも、生きることが楽になるようである。