2016年10月13日の心の糧


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おおらかに

崔 友本枝

今日の心の糧イメージ さまざまな立場の人の気持ちや状況を想像して受け入れることのできる人は「おおらかだ」と言われます。寛大な人です。

寛大な人は、「君にとってその方が仕事がしやすいなら、一度、そのやり方でやってみよう」という風に、自分のやり方に固執せず、柔らかい態度をとれる人です。誰でもおおらかな人と一緒にいると、失敗しても許されると感じて安心できます。新しいことを試してみる勇気もわきます。チャレンジして自分の知らなかった能力を見つけたり、それまでの限界を大きく超えたりすることもあります。

失敗が許されない環境では、人は大きく成長することができないものです。

教員と生徒、親と子など、おおらかさは、これからを生きる人たちの個性を伸ばす上で大切な資質でしょう。

また、友人関係でもおおらかな人に巡り合えることは幸せです。

私の友人の中にもそういう人がいます。彼女は困っている人には夜中であっても朝早くても電話に出て、相手が満足するまで話を聞きます。たとえ、病人の看病で疲れ切っている時でもそうします。

私たちは、自分を守ることに力を使っている時、おおらかにはなれません。

おおらかな人、寛大な人は、損をすることをあまり気にしません。神さまがいつも私たちを愛し、支えてくれているとわかっているので、損得を心配せずに他者に心を向けることが出来るのでしょう。

たとえば、聖書に出てくる「よいサマリア人」(ルカ10・25~37)もそうです。彼は仕事に向かう途中、道端で瀕死の人をみつけ、ロバから降りて宿屋に連れていきました。それはごく自然な行為だったのです。

「おおらかさ」は神への信頼から生まれるものなのだと思います。