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岐路に立つ時

三宮 麻由子

今日の心の糧イメージ

コンピューターがまだ日本で普及していなかった数十年前、1人の全盲の青年が盲学校の友達2人を雇い、小さな会社を立ち上げました。私たち視覚障害者が音声の読み上げを聞きながらパソコンを扱えるためのソフトや機器を開発する会社です。

設立当時から、私は会社の存在を知っていましたが、この男性のことは、同じ盲学校の先輩なのに年が離れていたため知りませんでした。実際にお話してみると、とても厳しい方で、初対面から歯に衣着せぬ物言いをされました。こわくて近づけない印象でした。

しかし、論文や就職と、どうしてもパソコンの技術や機器が必要になり、こわいのを我慢して彼の教えを請いました。先輩は相変わらず厳しい方でしたが、その厳しさのなかに、温かさと愛が溢れていることが、だんだん分かってきました。

その後彼は、さまざまな岐路を経験しました。後輩が同じような会社を立ち上げてライバルが出現したり、長年の従業員が転職したり。情報技術を取り巻く環境も激変しました。

そんななか、彼は中小企業の団体に入り、一気に拡大路線に乗り出したのです。

自らセミナーに通い、イベントに出席し、目の回るような勢いで会社を変革したのです。親族や友達を中心に信頼できる人員を集め、いまや北京に支社を設立して中国への輸出まで手がけています。

彼は、どんな岐路に立たされても邁進することを止めません。従業員も、南米から単身日本にやってきた全盲の男性を含めた個性派ぞろい。平成育ちの若手社員や中国人スタッフも加わり、会社は目覚しい発展を続けています。

私にとって、未だに彼は近付き難い先輩ですが、遠くから尊敬し、応援しています。彼のバイタリティーと厳しさ、そして温かさは、数々の岐路が育てた賜なのでしょう。